CARPE DIEM | BRAZILIAN JIU-JITSU(東京の柔術道場)

COLUMN

#16 スパーリングについて

Posted on 2014/11/04

スパーリングとは何でしょう?その解釈はいろいろとあるでしょうが、僕は生徒さんにはスパーリングと試合は全く違うものだということを伝えたいと思います。力を抜く、スピードに頼らずに技術を使うことに専念する、という風に説明することもできますが、それらをまとめて「常に心に余裕をもった状態で、自分と相手の技術を高め合う為に動く試合形式の練習」という風に定義したいと思います。

格闘技なので全く怪我が起きないとは言えませんが、なるべくは怪我をしない方が結果的には強くなれると思います。毎日試合のような激しいスパーリングをしていると、どこかで大きな怪我をして、練習ができなくなってしまいます。それでも怪我をしないような人もいて、そういう人こそ世界王者になるような素質を持っていると言えなくもないのですが、僕の道場ではそのようなスタイルの練習はしません。

常にタップは早めに、そして極める時はゆっくりと極めましょう。ゆっくり極めていると逃げられてしまうこともあります。別に良いじゃないですか?練習なんだし。心の中で「試合なら極まっていたな」と思っていて下さい。そして、形としては極まっていたのに無理矢理に逃げた人は周りから見るとけっこう恥ずかしい人になっているということを自覚してほしいです。技の中には早く極めないと極まらない傾向がある技もあります。そういう技は僕としては使う優先度は低いです。ここは自分の美学の問題です。反則でなければ何をしても良いのですが、やはり相手に怪我をさせるリスクが大きな技、ただ痛いだけの技、というものには僕はあまり興味がありません。いろんな美学にしばられた状態で僕はスパーリングしています。それが好きなんです。現役バリバリの選手達はそうも言ってられないでしょう。とにかく勝たねばいけないので。その気持ちも分かります。そういうのは選手同士のスパーリングでやれば良いでしょう。

スパーリングでは勝った、負けたもありません。そういうことばかり気にするのは自分のエゴです。僕は一応黒帯なので青帯や紫帯の生徒さんより技術レベルは高くなければならないのですが、たまには極められることもあります。それを必死の形相で逃げているほうがダサいと思うのです。アッサリとタップして「やられたぜ!」と苦笑いするくらいにしています。スパーリングには本当の人格が出ると言っても過言ではないでしょう。挨拶や言葉遣いがシッカリしている人がスパーリング中に舌打ちとかしているのを見ると悲しいです。

自分の実力を証明したいのならば、それは試合に出るしかありません。試合ではとくに相手の体のことを気遣う必要もありません。それはレフェリーの仕事です。相手がタップしていてもレフェリーが「パロウ」というまでは極め続けるのが試合です。パロウの前に離してしまったら、相手は「タップしてないよ」と主張するかもしれません。実際にそういうことはたまに起きます。僕は常にすぐに離してしまうタイプでした。それで逃げられたこともあります。そういう性格なのであまり強くなれなかったのかもしれません。でも、まあべつにいいや、としか思いません。

ここまで書いてもスパーリングに過剰に熱くなってしまう人はいるものです。こういう人を野放しにしておくわけにはいきません。相手に故意に怪我をさせる、何度注意してもスパーリングのマナーが守れない、というような方はうちの道場で練習をさせ続けることはできません。退会処分も含めて対処しなければなりません。嫌な仕事ですが、誰かが大けがするくらいなら僕は全くそれを迷うことはないでしょう。

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